9

第九章:受け継がれる意志と新たな脅威

鳳凰の羽(文章:Gemini 2.5 Pro、イラスト:DALLE3)

第9章の挿絵
鳳鳴堂の蔵から戻った広志と玲、そして白石の心には、重い真実と、かすかな希望の光が交錯していた。 玲の祖母が命がけで守ろうとした鳳凰の絵絹の秘法。それは、玲の芸術家としての未来を大きく左右する可能性を秘めていると同時に、日記に記されていた「軍事利用を画策する影」という言葉が、不穏な響きを伴って広志の頭から離れなかった。 玲はアトリエに籠もり、祖母が遺した植物の欠片や鉱石、そして謎の記号が書かれた和紙と向き合っていた。それはまるで、失われた過去との対話のようだった。広志は、玲が集中できるよう静かに見守りつつ、AI技術を駆使して記号の解読を試みる。それは、古い錬金術の記号や、特定の地域の薬草学に関する文献と照らし合わせる、骨の折れる作業だった。 一方、白石は祖父の日記を丹念に読み返し、他に手がかりがないかを探っていた。日記には、祖母を追っていた「影」の具体的な組織名や人物名は記されていなかったが、その執拗さと国際的な繋がりを匂わせる記述が散見された。 「この鳳凰の技術は、単に絵絹の発色が良いというだけではないのかもしれない」広志は、解析を進める中で、ある仮説に思い至った。「特殊な鉱物と植物の組み合わせ…もしかしたら、特定の波長の光を吸収・増幅したり、あるいは微弱なエネルギーを発したりする性質があるのかもしれない。それが軍事的に転用可能だとすれば…」 その時、玲がアトリエから息を切らして飛び出してきた。 「広志さん!わかったかもしれない!この記号、おばあちゃんが故郷で使っていた薬草の調合の記録と、すごく似ているの!」 彼女の目は興奮で輝いていた。日本語が少し拙くなっているが、その表情は自信に満ちている。 玲の故郷の知識と、広志のAIによる解析が結びつき、ついに鳳凰の絵絹の秘法の核心に迫りつつあった。それは、単なる顔料の調合ではなく、素材となる絹そのものを特殊な方法で処理し、その上で特定の鉱物顔料を用いることで、類稀なる発色と耐久性を実現するという、非常に高度で繊細な技術だった。 そして、その鍵となるのは、玲が祖母から聞かされていた、故郷の山にしか自生しないという、ある特定の「光る苔」だった。 「この苔が、あのインコたちが時々見せる不思議な輝きと関係しているのかもしれない…」玲は、ケージの中のインコたちを見つめた。彼女たちが食べている餌の中に、微量のその苔の成分が含まれているのだろうか? それが、彼女たちの羽の美しい光沢や、時折見せる不可思議な知性と関係しているのかもしれない。 まさにその時、広志のパソコンに一通の不審なメールが届いた。差出人は不明。内容は、玲の最近の芸術活動と、彼女が「特殊な素材」に関心を持っていることについて、詳細な情報を求めるものだった。そして、文末にはこう記されていた。 「我々は、あなたの才能がより大きな目的のために活かされることを望んでいる。協力には、相応の対価を約束する」 広志の背筋に冷たいものが走った。日記に記されていた「影」が、ついに動き出したのだ。彼らは、玲が鳳凰の秘法に近づいていることを察知したのかもしれない。 「玲、すぐにここを離れよう」広志は決断した。「この家はもう安全じゃないかもしれない」 玲は戸惑いながらも、広志の緊迫した表情から事態の深刻さを悟った。白石も駆けつけ、三人は急いで最低限の荷物をまとめた。広志は、旧知のセキュリティ専門家に連絡を取り、一時的な避難場所の手配を依頼した。 家を出る直前、玲はアトリエに駆け戻り、描きかけの鳳凰の絵と、祖母から受け継いだ秘法の断片を固く胸に抱いた。そして、ケージの中のインコたちも、まるで何かを察したかのように、静かに玲を見つめている。広志は、インコたちを安全な場所に預ける手はずも整えていた。 車に乗り込み、夜の街へと走り出す。バックミラーに映る我が家が小さくなっていくのを見ながら、広志は思う。平穏な引退生活を望んでいたはずが、いつの間にか国際的な陰謀に巻き込まれている。しかし、彼の心に後悔はなかった。玲の才能と、彼女が受け継いだ大切なものを守り抜く。それが、今の彼にとって最も重要な計画となっていた。そして、その先には、きっと二人の新しい未来が待っているはずだと。 だが、彼らの行く手には、まだ見ぬ強大な敵が待ち構えているのかもしれない。鳳凰の秘法を巡る物語は、いよいよ最終局面を迎えようとしていた。
公開日: 2025/6/2文字数: 1832文字