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第七章:鳳鳴堂の試練と開かれる扉

鳳凰の羽(文章:Gemini 2.5 Pro、イラスト:DALLE3)

第7章の挿絵
約束の日、広志、玲、そして白石の三人は、緊張した面持ちで東山の古い街並みに佇む「鳳鳴堂」の暖簾をくぐった。 店内は薄暗く、墨と古い木の香りが静かに漂っている。奥から現れたのは、電話で応対した若い女性だった。年の頃は玲と同じくらいだろうか、凛とした佇まいで、その瞳は古美術を見定める鑑定家のように鋭く澄んでいた。 「お待ちしておりました。私が当主の孫の、橘小夜子(たちばな さよこ)と申します。祖父はあいにく体調を崩しておりまして、本日は私が代わってお話を伺います」 小夜子の言葉には、若さに似合わぬ落ち着きと、どこか人を試すような響きがあった。広志は、白石の祖父の日記について、そして玲の祖母との繋がり、古びた手紙と碁盤の謎について、丁寧に、そして誠実に説明した。玲も、拙いながらも懸命に、自身の芸術への想い、祖母の過去を知りたいという切実な願いを伝えた。彼女が持参したスケッチブックに描かれた鳳凰のデッサンが、小夜子の目に留まった。 小夜子は黙って三人の話を聞いていたが、やがて静かに口を開いた。「祖父は常々申しておりました。蔵の品々は、ただ古いだけではない。それぞれが持つ物語と魂を理解し、真に敬意を払える者にしか触れる資格はない、と」彼女の視線が、玲のスケッチブックの鳳凰に注がれる。 「その日記が、祖父の蔵にあるという確証は?」 広志は、碁盤の棋譜「鳳凰の舞」と、それが示す「東山の麓、隠れ家」という場所、そして玲の師匠と鳳鳴堂の繋がりを説明した。小夜子は「鳳凰の舞…」と小さく呟き、何かを考えるように目を伏せた。 「お話は分かりました。ですが、蔵はそう簡単にお見せできるものではありません」小夜子は一旦言葉を切ったが、玲の真摯な眼差しと、彼女の描く鳳凰に何かを感じ取ったのか、ふと表情を和らげた。「ただ…祖父が遺した言葉が一つだけあります。 『鳳凰が真の翼を得る時、道は開かれん』と」 「鳳凰が真の翼を…?」玲が問い返す。その時、玲が肩にかけていたバッグの中から、インコの一羽がひょっこりと顔を出し、まるで小夜子の言葉に応えるかのように、高く澄んだ声で一声鳴いた。普段持ち歩くことはないはずのインコが、なぜ今日に限って…玲も広志も驚いた。 小夜子はそのインコの姿を見て、初めて柔らかな笑みを浮かべた。「まあ、可愛らしいお客様。その鳥も、何かを知っているのかもしれませんね」そして、玲のスケッチブックを指さした。 「あなたの描く鳳凰…まだ翼に迷いがあるように見えます。ですが、その迷いこそが、真の翼を得るための糧となるのかもしれません」 小夜子は立ち上がり、奥の部屋へと三人を促した。「蔵へご案内します。ただし、日記が見つかる保証はありません。そして、たとえ見つかったとしても、その内容をどう受け止めるかは、あなた方次第です」 重々しい蔵の扉が開かれると、ひんやりとした空気と共に、幾世代もの時を重ねた品々の気配が満ちていた。薄暗い蔵の中、小夜子はある一角を指し示した。そこには、古びた桐の箱がいくつも積み重ねられている。 「白石様のお祖父様から、かつて祖父が預かった品々があるとすれば、この辺りでしょう」 白石が息を呑んで桐箱の一つに手をかけた、その時。広志のスマートフォンが、玲の手紙のAI翻訳の最終報告を告げるアラートを鳴らした。そこには、これまで読み取れなかった一文が、鮮明に浮かび上がっていた。「鳳凰の真の在り処は、血と魂を受け継ぐ者の手の中にこそ示される――」 その言葉と同時に、玲が連れてきてしまったインコが、ケージの中で激しく羽ばたき、一つの桐箱を嘴で強く突いたのだった。
公開日: 2025/6/2文字数: 1513文字