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第六章:鳳凰の影と古都の蔵

鳳凰の羽(文章:Gemini 2.5 Pro、イラスト:DALLE3)

第6章の挿絵
広志は息を呑んでスマートフォンの画面を見つめた。AIによる手紙の一次翻訳。完璧ではないにせよ、そこに浮かび上がった言葉の断片は、玲の祖母の秘められた過去と、白石の祖父との間に交わされた「約束」の重さを物語っていた。 「…玲、白石さん、これを見てください」 広志はタブレットに翻訳結果を映し出し、二人に見せた。そこには、途切れ途切れながらも衝撃的な内容が記されていた。玲の祖母が、ある「鳳凰」をモチーフとした貴重な美術品――あるいはその製法や由来に関する極秘の記録――を戦火や動乱から守るため、信頼する日本人医師である白石の祖父に託そうとしていたこと。そして、その鳳凰には、単なる美しさ以上の、ある種の「力」や「意味」が込められているらしいこと。手紙の中には、玲が師事した日本画の大家の名前も、断片的にだが確かに記されていた。 「鳳凰…そして先生の名前が…」玲は言葉を失い、震える手でタブレットの画面に触れた。 祖母が守ろうとしたものが、巡り巡って自分の芸術の道と繋がっているのかもしれない。その事実に、彼女は運命の糸のようなものを感じずにはいられなかった。 白石もまた、神妙な面持ちで翻訳結果を読み解いていた。「祖父がこれほど重大なものを託されていたとは…日記には、もっと詳しいことが書かれているはずです」 碁盤の棋譜が示した「古都、東山の麓、隠れ家」。そして手紙に現れた玲の師匠の名前。これらの手がかりから、広志はある古美術商の名前に思い至った。東山に古くから店を構える「鳳鳴堂(ほうめいどう)」。玲の師匠も生前、その店と深い付き合いがあったと聞いている。そして、その名は奇しくも「鳳凰の鳴き声」を意味していた。 「鳳鳴堂…あそこなら、古い蔵があってもおかしくない」広志は頷いた。「問題は、今の当主だ。気難しいことで有名で、特に一見の客には厳しいと聞く」 広志は早速、かつてのビジネスで培った情報収集能力を活かし、鳳鳴堂の現当主について調べ始めた。当主は古美術に対する確かな目と深い知識を持つが、同時に非常に偏屈で、利益よりも品物の持つ歴史や物語を重んじる人物らしい。 「玲、君の作品と、白石さんのお祖父様とのご縁。これを誠心誠意伝えるしかないだろう」広志は計画を練り始めた。「正面から、日記の閲覧をお願いするんだ」 玲は、祖母の過去と師匠との思いがけない繋がり、そして「鳳凰」というモチーフが持つかもしれない深い意味に、自身の創作に対する新たな使命感と、同時に言い知れぬプレッシャーを感じていた。彼女は、広志が翻訳した手紙のデジタルデータと、元の中国語で書かれた手紙の画像を食い入るように見比べ、自らの力でもっと深く読み解こうと試み始めた。その集中する横顔は、いつにも増して真剣だった。 翌日、広志は意を決して鳳鳴堂に電話をかけた。何度かのコールの後、受話器の向こうから聞こえてきたのは、意外にも落ち着いた若い女性の声だった。当主はあいにく不在とのことだったが、事情を伝えると、女性は「一度、お話を伺いましょう」と、面会の約束を取り付けてくれた。しかし、その声にはどこか事務的ではない、含みのある響きが感じられ、広志の胸に一抹の不安がよぎった。 電話を切った広志がリビングに戻ると、ケージの中のインコたちが、玲がアトリエの壁に飾っている鳳凰の習作の前に集まり、何かを訴えかけるように一斉に鳴いていた。その光景は、まるでこれから訪れるであろう鳳鳴堂での出来事を予感しているかのようだった。
公開日: 2025/6/2文字数: 1456文字