第5章
第五章:碁盤に隠された道標
鳳凰の羽(文章:Gemini 2.5 Pro、イラスト:DALLE3)
白石の言葉は、新たなパズルのピースを投じたかのようだった。
「古い碁盤…ですか」
広志は、その意外な言葉を反芻した。玲は、祖母と碁盤という組み合わせに、すぐには結びつくものが思い浮かばないのか、不思議そうな顔で白石を見つめている。
「はい。祖父は囲碁を嗜んでおりまして、その碁盤は形見として私が譲り受けました。日記のありかについて、直接的な記述は避けたかったのかもしれません。何か、碁盤に関連付けた暗号のようなものを残しているのではないかと…」白石は少し申し訳なさそうに付け加えた。
「ただ、私自身は囲碁に疎く、どこから手をつけていいものか…」
「碁盤なら、私も少しは心得がある」広志が口を開いた。
「若い頃、少しだけだが会社の同僚と嗜んだことがある。もしよければ、拝見できませんか」
広志の申し出に、白石の表情がぱっと明るくなった。
「本当ですか!それは心強い。実は今日、その碁盤を持参しているんです」彼は恐縮しながら、車のトランクから重厚な木箱を取り出し、丁寧にリビングのテーブルに置いた。
蓋を開けると、そこには使い込まれた美しい木目の碁盤が現れた。盤面には長年の使用による細かな傷や艶があり、それがかえって風格を感じさせる。玲も思わず「綺麗…」と息を呑んだ。一見すると、変哲のない古い碁盤だ。しかし、広志は盤面を食い入るように見つめ、指でそっとなぞった。
「何か…ありますか?」玲が期待と不安の入り混じった声で尋ねる。
「うーん…」広志は唸りながら、盤の側面や裏側も丹念に調べ始めた。「目に見える仕掛けはなさそうだ。しかし、この碁石の配置…何か意味があるのかもしれない」盤上には、数個の黒石と白石が、まるで対局の途中であるかのように置かれていた。
その間、玲は白石に手伝ってもらいながら、広志が用意した高性能スキャナーで古びた手紙をデジタルデータ化していた。広志は時折そちらに目をやり、「AIでの解析は少し時間がかかるかもしれないが、必ず何か手がかりは見つかるはずだ」と玲を励ました。
広志が碁盤とにらめっこを続けていると、ケージの中のインコたちが、またもや騒ぎ出した。特に一羽、鮮やかな青い羽を持つインコが、ケージの格子を嘴でカチカチと鳴らし、特定の方向を指し示すような動きを見せる。その方向は、書斎の本棚の一角だった。
「あの子…また何か言いたいのかな」玲がインコの行動に気づき、広志に声をかけた。
広志はインコの指す方向へ目をやり、ふとある考えが閃いた。「まさか…」彼は書斎へ向かい、本棚から一冊の古い棋譜集を取り出した。それは、彼が若い頃に購入し、そのまま忘れ去られていたものだった。パラパラとページをめくっていくと、あるページで手が止まった。そこには、盤上の石の配置と酷似した局面が掲載されていたのだ。そして、その棋譜には「鳳凰の舞」という名前が付けられていた。
「これだ…!」広志は声を上げた。「この棋譜、そしてこの『鳳凰の舞』という名前…これが日記のありかを示す鍵に違いない!」
玲と白石が駆け寄る。棋譜の横には、小さく「古都、東山の麓、隠れ家」というメモ書きが残されていた。それは、かつて広志がこの棋譜に感銘を受け、その棋譜が生まれたとされる場所の伝承を書き留めたものだった。そして、その場所は、玲が師事した日本画の大家のアトリエがあった地域と奇妙に一致していたのだ。
「東山の麓…先生のアトリエの近く…」玲は呟き、その偶然の一致に言葉を失った。広志は確信する。日記は、古美術商の蔵、そしてその場所は、玲の師匠とも深い縁のある場所に違いない、と。しかし、その確信と同時に、なぜ白石の祖父は、これほど回りくどい方法で手がかりを残したのかという新たな疑問が広志の頭をよぎった。まるで、何かから日記を守ろうとしているかのように。
その時、広志のスマートフォンが静かに振動した。AIによる手紙の一次翻訳が完了したことを示す通知だった。
公開日: 2025/6/2文字数: 1636文字