リビングからのインコの甲高い鳴き声は、まるで何かを警告しているかのようだった。広志はレコードを手に、訝しげに眉をひそめた。ジャケット裏の小さな記号と掠れた中国語。それはまるで、開けてはならないパンドラの箱の鍵のように思えた。 「玲、ちょっとこれを見てくれないか」 アトリエで絵筆を動かしていた玲は、広志の声に顔を上げた。差し出されたレコードジャケットを手に取り、そこに記された文字を目にした瞬間、彼女の表情が微かに強張ったのを広志は見逃さなかった。 「これ…どこで見つけたの？」 「いや、このレコードの裏に。何か心当たりがあるのかい？」 玲は首を横に振ったが、その瞳は揺れていた。「ううん、よく分からない。でも、なんだか…懐かしいような、怖いような…」彼女の日本語は、感情が高ぶると少し辿々しくなる。広志はそれ以上追求せず、玲の肩を優しく叩いた。 その夜、広志は書斎で一人、パソコンに向かっていた。かつての仕事で培った知識を活かし、画像解析ソフトとAI翻訳ツールを駆使して、あの記号と文字の解読を試みる。記号は、ある特定の少数民族が使う古い紋様に似ていた。そして、掠れた中国語の文字は、AIがいくつかの候補を提示したが、その中に一つ、広志の目を引く言葉があった。「鳳凰」。伝説の鳥。そして、玲が好んで描くモチーフの一つでもある。 「鳳凰…」広志は呟いた。玲はなぜ、この言葉に動揺したのだろうか。彼女の故郷と何か関係があるのだろうか。それとも、彼女が日本で師事した日本画の大家と何か繋がりが？ 疑問は次々と湧き上がり、広志の計画的な思考を乱していく。 翌朝、玲はいつもより口数が少なく、アトリエに籠もっていた。広志がそっと様子を窺うと、彼女は真っ白な絹本を前に、ただ一点を見つめていた。その手は固く握り締められ、まるで何かと戦っているかのようだ。広志が声をかけようとした瞬間、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、そこには見慣れない若い男が立っていた。手には、玲の作品が掲載された美術雑誌と、一通の古びた封筒を握りしめていた。 「あの…こちらに、画家のリン・レイさんはいらっしゃいますか？」 その声は、どこか切迫した響きを帯びていた。