「真っ白な海図」

誰かが指差す水平線だけを　見つめていた　静かな朝

借りものの地図を握りしめては　決められた航路をなぞった

潮風はいつも追い風だったけど　なぜか心は凪いでいた

潮騒にそっと隠していたんだ　僕だけの歌は

「自由」という名の広すぎる海で　風見鶏のように漂い

たどり着く港の色だけを夢見て　埃をかぶる羅針盤

岸辺のざわめきに安らぎを覚えて　いつしか流されていただけ

ああ　誰かが描いた海図の上を　行くあてもなく舟は進む

風の吹くまま　波にまかせて　本当の声を波間に溶かして

いつの日か岸辺に着くと信じてた　穏やかな朝を待っていた

穏やかすぎた夜の海の果てで　空と海の境目が滲む

ランタンの最後の灯りが揺れて　小さな祈りと共に消えた

終わらない闇の冷たさに凍えて　オールを握る指も悴んで

軋む船体が悲鳴を上げている　寄り添う岸辺も見えないまま

乾いた喉で夜明けだけを乞い　ただ嵐が過ぎるのを待ってた

ああ　それでも舵だけは離さず　傷だらけの舟を漕いだんだ

風は止まない　波は高くても　自分の声を必死で探した

夜の向こうに暁の色があると　震える体で信じていた

座礁した舟の傍らでひとり　うずくまる僕に聴こえた歌

壊れた羅針盤に君が指を重ね　「ここから始めよう」と微笑んだ

さあ　寄せ集めの荷物は降ろして　錆びついた錨は海へ還そう

借りものの地図をそっと手放せば　ほら、真っ白な海図が広がる

君という優しい光を道しるべに　僕だけの航路を描き出すんだ

震える手でもう一度、オールを握るよ　この旅を、僕らの旅を、始めよう